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2007年2月28日 (水)

小林秀雄を超えて

ドストエフスキーについての著作もある小林秀雄については、

ここ最近は柄谷行人や中上健次の権威に対する、

それを乗り越えていこうとする活動の中で、

不当に評価を下げる結果となっているような気がします。

実際のところ、評論の世界ではまだまだ小林秀雄を

超える存在は現れていないと言っても過言ではないでしょう。

とにかく日本の近代小説に対する同時代の批評としては

格段にレベルが高く、今現在読んでみても

充分楽しめる作品群を残してくれている作家です。

そんな偉大な評論家の手によるドストエフスキー論という

とても興味の尽きない1冊を紹介したいと思います。

文庫本で読んでもいいのですが、解説などが充実している

ということから、同時代の作品や評論をあまり読んでいない

という人には『全作品』の『ドストエフスキイの生活』のほうが

楽しめると思います。

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2007年2月27日 (火)

ドストエフスキーの魔力

朝早くに自分がまるで本当に人殺しをしてしまったような

強烈な錯覚に囚われて、ベットから飛び起きるという経験は

今でも忘れられない読後体験のひとつです。

何かの本を読んで恐怖にうなされるというようなことは

もちろんそれ自体あまり楽しいものとは言えないでしょう。

しかし、それほどまでに鮮烈な印象を残すドストエフスキーの

作品世界というものの魔力については考えさせられるところが

大いにあります。読んだそばからその本に何が書いてあったのかを

忘れてしまうような本も多い中で、このあまりにも激しい

読書体験というのは、いったい何に起因しているのでしょうか。

多くの作家が強い影響を受け、ドストエフスキーのような

作品を書くことを目指しもするが、それはついにかなわぬ夢と

なるのが、悲しいけれど現実ではないだろうか。

ドストエフスキーの作品に共通している手法は、

その時間の伸縮という小説が持つ特性を充分に利用している

ことに代表されるように、真似をしようとすれば誰もが

真似のできることではあるが、それをあの水準まで持っていく

ことはなかなか困難なことであるらしい。

例えば4日間で起こった出来事を分厚い2冊の小説に

してみせるということは、可能ではあるだろうが、

それをものすごい速さで読み進めてもらうような仕組み作り

というのは、天才にのみ可能な領域なのかもしれない。

ドストエフスキーについて書かれた作品は数多くあるが、

そんな中でもお薦めなのがバフチンのこの1冊です。

ドストエフスキーを論じて、それがひとつの作品としてまた

楽しめるという、単なる解説に終わらない良書です。

多くのドストエフスキー論とあわせて読むと更に面白いです。

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2007年2月26日 (月)

『罪と罰』とは対義語の並置なりや

太宰治の『人間失格』の中で、何度読んでも心に残る場面が

あります。それは最も印象的な場面が語られるその直前に、

主人公と堀木の対義語(アントニウム)と同義語(シノニム)

を探す会話が効果的に挿入されているところです。

「罪と罰。ドストイエフスキイ。ちらとそれが、頭脳の片隅をかすめて通り、はっと思いました。もしも、あのドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら? 罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容れざるもの。罪と罰をアントとして考えたドストの青みどろ、腐った池、乱麻の奥底の、……ああ、わかりかけた、いや、まだ、……などと頭脳に走馬燈がくるくる廻っていた」

この後に続く場面は実際に読んでもらうとして、

ここでの対比から来る罪の概念の明白化は

太宰の罪意識の特徴を示していて、とても興味深いものがあります。

そしてドストエフスキーの『罪と罰』もあわせて読んでみると、

太宰の苦悩が普遍的であったことが納得できるかもしれません。

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2007年2月25日 (日)

実は誰もが『人間失格』であるかもしれない

すばらしい小説の定義として、読むたびに新たな発見があり、

様々なことを考えさせてくれる作品ということがあるとするなら、

この『人間失格』という作品ほどその定義に当てはまる

作品もないでしょう。文庫本を手にしても、

それほど厚みのある本ではないが、内容の充実度は

太宰の他の作品に比べても格段に高いと感じられます。

また、暗いといわれる作品世界については、

その終わり方からしても、私はそれほど暗い印象は受けません。

とにかく以前に読んだことがある人にも、もう一度

手にしてもらいたい日本文学の最高峰の1冊です。

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2007年2月24日 (土)

日本の『桜の園』を目指して

『斜陽』の主要な登場人物は4人。主人公の独白者「かず子」、

没落貴族の「お母さま」、弟の「直治」、作家の「上原」。

「かず子」と「上原」の恋の進み行きを中心に、

「お母さま」の生き方や「直治」の生き方との対比が

絶妙なバランスで織り交ぜられており、最後に「かず子」は

「古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きる」ということを

選び取ることになって物語りは終わる。

この結末をどのように感じるかは、『斜陽』全体を読んで

もらうしかないが、読後に様々なことを考えさせられるという、

良質な文学の特性を満喫していただけると思う。

そして『斜陽』を読み終えた読者に手に取ってもらいたいのが、

この『斜陽』を執筆するときに太宰が目指したとされている

ロシアのチェーホフの『桜の園』です。

これがまた味わい深い良い作品なのです。

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2007年2月23日 (金)

『斜陽』の時代から遠く離れて

太宰治の小説において、『斜陽』と『人間失格』が最高傑作で

あるということは多くのファンの認めるところだと思います。

そしてこの両作品が日本文学においても、

やはり傑作であることは時代が移り変わっても多くの人に

読み続けられていることからも明らかでしょう。

では何がそれほど優れているのでしょうか。

『斜陽』という作品は太宰が最も得意としたとされている

「女性独白体」という女主人公による一人語りにより

物語の全体が構成されています。そこに手紙や男性の遺書など

を効果的にちりばめて、小説全体を質の高い文学へと

昇華させているのですが、その絶妙なバランスは、

モデルとなった日記などと読み比べても一目瞭然で、

太宰の芸術家としての力量の高さが伺われます。

作品の時代背景については、やはりある程度の知識がないと

没落貴族のありようがうまく理解できずに、

主人公の心情が汲み取れないということもあるかもしれません。

しかし、このような時代がかつての日本が通ってきた

道なのだということに想像が及びさえすれば

後は人間の感情の動きとして、それぞれの登場人物ごとに

眺めていけばよいのではないかと思います。

そこで誰の生き方に共感を覚えるか、

あるいは反発を覚えるかは、読者の自由です。

けれども登場人物に太宰自身の生き方を重ね合わせすぎて、

作者に反発を覚えるとしたら、それはどこかで間違いを

犯しているのだと思います。太宰が実際に経験し感じたことと、

それと似た事象を作品の中に書き記し、

登場人物に思いのたけを語らせていることの間には、

やはり大きな差異があるはずなのです。

ただ、初期の頃の太宰作品を読むことにより、太宰の経験と

作品の相関を考えてみることは、読者の楽しみの一つである

かもしれません。ここではそんな初期の作品と、

あまり読まれることのない作品の中から私の好きなものを

少し紹介しておきたいと思います。

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2007年2月22日 (木)

まず最初は太宰治です

本日より、いよいよ本屋を開店したいと思います。

アフィリエイトを利用してなので、たいしたことをやる訳では

もちろんないのですが、文学や哲学、経済学などが好みの

私としては、なかなか系統立てた読書案内のブログに

出くわさないので、それなら自分で作ってしまおうと

思い至ったのです。本の紹介をするブログは数多く見ますが、

ここでは芋ヅル式にある程度関連のある本の紹介をしていき、

結果として読書の世界がより開けて、多くの作品に興味を

持ってもらえるような、そんなブログが作れればいいと思います。

単純な動機ではあるものの、やるからには徹底的にこだわって、

一人でも多くの人に読書の楽しみを味わって

いただきたいと思います。この本屋の皆さんにとっての

メリットはとても単純なものです。私が今までに読んできた

数多くの本の中から、よかったものを皆さんに紹介して、

順番に見てもらうことによって、ある程度、

そのジャンルの見取り図が描けるようになり、

自分でも面白そうな本が探せるようになるということです。

そこで、まず一番最初にお奨めなのが、太宰治です。

太宰の小説は、よく「はしか」に例えられることがあり、

青春の一時期に誰もが通過する道であるとも言われますが、

実は大人になって社会に出て、色々なことを経験してから、

じっくりと読み進めていくのにふさわしい作家だと

私は思っています。まだ読んだことがない人は、ぜひどうぞ。

この斜陽という作品はとにかく説明抜きに

感動できる小説です。これが日本文学のひとつの

到達点であることは間違いないと思います。

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