『斜陽』の時代から遠く離れて
太宰治の小説において、『斜陽』と『人間失格』が最高傑作で
あるということは多くのファンの認めるところだと思います。
そしてこの両作品が日本文学においても、
やはり傑作であることは時代が移り変わっても多くの人に
読み続けられていることからも明らかでしょう。
では何がそれほど優れているのでしょうか。
『斜陽』という作品は太宰が最も得意としたとされている
「女性独白体」という女主人公による一人語りにより
物語の全体が構成されています。そこに手紙や男性の遺書など
を効果的にちりばめて、小説全体を質の高い文学へと
昇華させているのですが、その絶妙なバランスは、
モデルとなった日記などと読み比べても一目瞭然で、
太宰の芸術家としての力量の高さが伺われます。
作品の時代背景については、やはりある程度の知識がないと
没落貴族のありようがうまく理解できずに、
主人公の心情が汲み取れないということもあるかもしれません。
しかし、このような時代がかつての日本が通ってきた
道なのだということに想像が及びさえすれば
後は人間の感情の動きとして、それぞれの登場人物ごとに
眺めていけばよいのではないかと思います。
そこで誰の生き方に共感を覚えるか、
あるいは反発を覚えるかは、読者の自由です。
けれども登場人物に太宰自身の生き方を重ね合わせすぎて、
作者に反発を覚えるとしたら、それはどこかで間違いを
犯しているのだと思います。太宰が実際に経験し感じたことと、
それと似た事象を作品の中に書き記し、
登場人物に思いのたけを語らせていることの間には、
やはり大きな差異があるはずなのです。
ただ、初期の頃の太宰作品を読むことにより、太宰の経験と
作品の相関を考えてみることは、読者の楽しみの一つである
かもしれません。ここではそんな初期の作品と、
あまり読まれることのない作品の中から私の好きなものを
少し紹介しておきたいと思います。
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