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2007年3月17日 (土)

大江健三郎の小説の世界

なんと言っても大江健三郎の初期の傑作は『芽むしり仔撃ち』である。

確かに今読むと違和感のある性描写も含まれているとはいえ、

それが許容できないほどのものでもないし、牧歌的という批判に対しても、

それのどこが悪いのだと言ってしまえばただそれだけのことである。

とにかく読んで面白いのだから、傑作だという以外にない。

しかし、大江健三郎という人はそれで満足しなかった。

牧歌的でない小説を自分のものとするべく、痛々しいまでの努力を

ただひたすらより良い文学を構築するために継続するのである。

性の表現が文学的であるためには、それが深奥において生と結びつく、

そのことによって担保されうると思うのであるが、

大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』以後、その問題に果敢に挑戦し、

多くの労作を残してはいる。けれども、それが次の傑作として

結実するのはかなり先であり、『万延元年のフットボール』まで

苦難の道程を歩まねばならない。その間の努力たるや、

到底他人にはまねのできるものではなかっただろう。

この時代の作品が中上健二や山田詠美を生んだことも間違いがない。

そして『万延元年のフットボール』の成功は圧倒的である。

この作品で他の純文学作家をとてつもなく引き離してしまった感がある。

とにかくこの2作品を読んでいただけたら、後は誰に言われなくとも、

自ら大江文学を読み漁ることになるのは間違いがないであろう。

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コメント

私が大江さんで好きなのは「走れ、走りつづけよ」。
異様な世界や人物を描き出す力を感じます。
「へんたい」への純粋な興味とか。

去年、サイードの映画が九段会館で上映されたときに
ご本人の講演を聴くことができました。
円満そうなお人柄も魅力のひとつですね。
あと朝日新聞の連載もいいですね。
いろんな記事の中で
一人だけ書いていることの「重み」が違います。

投稿: 立花ノリミ | 2007年3月26日 (月) 19時08分

コメントありがとうございます。
「走れ、走りつづけよ」なんて渋いものがお好みですね。
たしか、文庫では『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』の
中に収録されていたのではないかと思いますが、
大江健三郎が少し行き詰まりを感じていたであろう時期の
秀作ではないでしょうか。
また、「重み」という点では、やはり別格でしょう。
大江以後の作家の多くが、例えば村上春樹にしても
大江のような「重み」を意識して避けることによって、
その作品世界を構築してきたことは、本人が否定したところで
動かしがたい事実であるように思えます。

投稿: ぶんてつ | 2007年3月26日 (月) 23時35分

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