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2007年3月27日 (火)

柄谷行人の思想の流儀

柄谷行人の現代思想の受容の仕方が正しいものであったかどうかは

はっきり言って私にはどうでもいいことであると言える。

誤読や誤解に基づいたポストモダニズム思想の受容であったとしても、

そこから生まれ出る思索が、私にとって重要な問題をはらんでいるなら、

それは読む価値のある作品であり、逆に言えば、

どれほど現代思想について正確な解説であろうと、

そこに描かれた問題が私にとって興味のないことであるなら、

それはまったく読む必要がない作品であるのだ。

その意味でも柄谷行人の『探究1・2』の2作品は

私にとってとても重要であるし、それ以外にも柄谷思想の

最近の展開はとても興味深いものとなっている。

多くの人が同じような問題意識を共有していただければと願いつつ、

ここで紹介しておきたい。

『定本』の方には前回紹介した『内省と遡行』が含まれているようですが、

かなり加筆されて文体なども異なっているようですので、

ぜひあわせてお読みいただければと思います。

また、現在の最も大きな達成を示すものとして、

『トランスクリティーク』があり、また、最近の新書もあわせて

お読みいただければと思いますので、紹介しておきます。

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