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2007年4月16日 (月)

闇屋になりそこねた木田元

日本の哲学者というのは外国の思想家の翻訳家でしかないという

批判があることも事実だが、それでもメルロ・ポンティなどの

翻訳で知られる木田元をあえて哲学者として紹介したい。

木田元の専門はハイデッガーであると思われるが、

その思想の解説や他の哲学者の作品に対する知識の深さなど

やはりその世界の一級品は違うと感じさせられてしまう。

また、当然のことではあるが、ハイデッガーを語りつつも

そこに独自の解釈と方向性をきちんと自分の考えであると

ハイデッガーの思想とは分けて表記されており、

その考えに賛同できない者にも、ハイデッガーをできるだけ正しく

伝えようとの配慮がしっかりとなされている。

これが駄目な人になると、翻訳でありながら自分の考えに従って

書かれていないことまで、意訳と称して本文に入れてしまったり、

解説書で解説者が間違った理解をしているにもかかわらず、

その間違いに気づかず、批判をしてしまったりと、

その作品しか読まない場合にはまるで違った結論になってしまう。

その点では木田元の作品は他の人の解説書に当たっても

修正しなければならない部分はほとんどなく、

書かれていることが理解できれば、後はそれに基づいて

自分の考えを構築することを楽しめるし、別の思想家の作品へと

興味の対象を広げていくことも容易である。

ここでは木田元の作品の中から、体系的に哲学を捉えるのに

最適なものをまとめて紹介しておきたいと思います。

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