バルト、ラカンからクリステヴァへ
そのブルガリアからパリに来た女性は美しいというだけでなく、
とにかく難解な物語を次々に再生産する哲学者である。
女性の名はジュリア・クリステヴァといい、共産党員である
というだけでなく、ポスト構造主義者としてロラン・バルトに習い
ジャック・ラカンを支持し、言語学や記号論、精神分析学等
における記号の象徴作用のさまざまな諸相を読み解こうと
難解であることをいとわなかった思索家である。
読んで面白かったかと言われれば素直に頷けない点もあるが、
ポスト構造主義のある種の到達点なのだろうという感じは
持ったのを覚えている。ただ、それが自分にとっての喫緊の
どうしても読み解かなければならない問題とは認識されなかった。
そして、私がポスト構造主義の動向を追わなくなったのは、
今思うとクリステヴァとドゥルーズの議論に何となく付いて
行けなかったからであったような気がする。
では読まないで済ませればいいのかということになれば、
読んだ上で皆さんなりの結論を得てくださいとしか
申し上げられないということになるだろうか。
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