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2007年5月23日 (水)

バルト、ラカンからクリステヴァへ

そのブルガリアからパリに来た女性は美しいというだけでなく、

とにかく難解な物語を次々に再生産する哲学者である。

女性の名はジュリア・クリステヴァといい、共産党員である

というだけでなく、ポスト構造主義者としてロラン・バルトに習い

ジャック・ラカンを支持し、言語学や記号論、精神分析学等

における記号の象徴作用のさまざまな諸相を読み解こうと

難解であることをいとわなかった思索家である。

読んで面白かったかと言われれば素直に頷けない点もあるが、

ポスト構造主義のある種の到達点なのだろうという感じは

持ったのを覚えている。ただ、それが自分にとっての喫緊の

どうしても読み解かなければならない問題とは認識されなかった。

そして、私がポスト構造主義の動向を追わなくなったのは、

今思うとクリステヴァとドゥルーズの議論に何となく付いて

行けなかったからであったような気がする。

では読まないで済ませればいいのかということになれば、

読んだ上で皆さんなりの結論を得てくださいとしか

申し上げられないということになるだろうか。

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