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2007年6月25日 (月)

新興芸術派の雄・井伏鱒二

井伏鱒二は1898年2月15日に広島県福山市加茂町に生まれた。

1923年に同人誌『世紀』に参加し、「幽閉」を発表した。

後に佐藤春夫に師事し、新興芸術派と呼ばれるようになった。

1929年には「歪なる図案」を『不同調』に発表すると、

続いて「朽助のいる谷間」を『創作月間』に、

「幽閉」を改作した「山椒魚」を『文芸都市』に、

「屋根の上のサワン」を『文学』に発表。

翌年、初の作品集『夜ふけと梅の花』を刊行。

その後も多くの同人誌に参加した。

1938年には『ジョン萬次郎漂流記』で第6回直木賞を受賞した。

1965年、『新潮』に、「姪の結婚」(後に「黒い雨」と改題)を連載。

この作品で翌年に野間文芸賞を受賞し、更に文化勲章も受章した。

また、井伏鱒二は太宰治の師としていろいろと面倒もみたが、

太宰が死の際に残した文章には、批判めいた記載があり、

二人の関係について様々なことが論じられているのは有名な話。

その井伏も1993年7月10日に死去。享年95歳だった。

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