内田樹(ウチダタツル)さんの『日本辺境論』を読んでみた
内田さんの『日本辺境論』を読んでみた
(5つが最高)
この本は、辺境性を軸にした内田流の日本論であるが
本人も認めているとおり先賢の知恵の焼き直しでもある。
たとえば、「辺境人の性格論」は丸山眞男から、
「辺境人の時間論」は澤庵禅師から、「辺境人の
言語論」は養老孟司からの受け売りであると認め
本人も新味がないと冒頭に書いている。
それでもこの本を書いたことには意味があり、
私にとっては読んだ意味があったと言っていい。
この本は、お客さん(他者)を家に迎え入れるための
お掃除のようなものであるということなので
ある程度片付いていればそれでよいのであり
もっと言えば、他人様の家がどのような掃除のされ方を
していようとも、それに対して文句を言う筋合いはない。
気に入らなければ、自分の家は自分で好きなように
掃除をすればいいだけのことである。
最も印象に残った箇所は、「学び」に関する次の点。
『努力とその報酬の間の相関を予見しないこと。
努力を始める前に、その報酬についての一覧的
開示を要求しないこと。こういう努力をしたら、
その引き換えに、どういう「いいこと」があるの
ですかと訊ねないこと。これはこれまでの著書でも
繰り返し申し上げてきた通り、「学び」の基本です』
ここには『年収10倍アップ勉強法』などに見られる
努力をすれば報酬が得られるという発想に対して
違和感を持つ人に根拠を与える視点がある。
そしてこのことはビジネスマンと学者の間の
考え方の違いだけでは済まされない。
私にとって、このブログを始めた当初は自己啓発とは
教養を身に付けることを意味していたが、それでは
この長期にわたる不況を乗り切ることができないことが
はっきりとするに従い、経済学や会計の知識の習得に
軸足を移さざるをえなくなった。
しかし、それではいつまでたっても辺境の人のままで
キャッチアップすることができるかどうかさえ不明だ。
仮にキャッチアップできたとして、どれほどの価値が
あるかを考えれば、実は答えは出ている。
読むべき本は教養書かビジネス書かという問には
あえて両方だと答えたい。
そして、努力とその報酬の間の相関を予見することなく
読書を続ければいいだけのことだ。
内田さんも次のように言っている。
『私たちは辺境性という宿命に打ち勝つことはできま
せんが、なんとか五分の勝負に持ち込むことはできる』
この本の示唆するところを好きなように汲み取って
楽しむことができれば充分である。
日本人論というお掃除をしてみたい人は入門書として
この本から入って、とりあえずここで紹介されている人の
本などを読んで頭の中を掃除してみてはどうだろうか。
きっとその後には、新しくいろいろなものが詰め込める
ようになっているはずである。
【目次】(「BOOK」データベースより)
1 日本人は辺境人である(「大きな物語」が消えてしまった/日本人はきょろきょろする ほか)/2 辺境人の「学び」は効率がいい(「アメリカの司馬遼太郎」/君が代と日の丸の根拠 ほか)/3 「機」の思想(どこか遠くにあるはずの叡智/極楽でも地獄でもよい ほか)/4 辺境人は日本語と共に(「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか/「もしもし」が伝わること ほか)
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