2011年1月18日 (火)

東野圭吾さんの『パラドックス13』を読んでみた

東野さんの『パラドックス13』を読んでみた

 (5つが最高)

東野さんの作品には、大きく分けて2種類の作品がある。

1つは当然のことながら、推理小説に分類される作品で

あり、もう1つが科学に題材をとった作品である。

もちろんこれ以外の作品もあるし、両方の要素を上手く

取り入れた作品もあるが、私の中ではこの2つの分類が

とても重宝している。

では、今回読んだこの本は、どちらに分類できるかというと

科学に題材をとった作品のほうである。

作者の東野さん自身が、「世界が変われば善悪も変わる。

人殺しが善になることもある。これはそういうお話です」

と言っているとおり、そうしたパラドックスに満ちている。

ラストがどのようになるのかは読んでいただくとして

話としては、13時13分に突然、想像を絶する過酷な

世界が目の前に出現する。

陥没する道路や炎を上げる車、崩れ落ちるビルディング

など、破壊されていく東京に残されたのはわずかに13人

という、奇妙なサバイバルであり冒険譚のような展開。

しかし、なぜ彼らだけが地球上に残されたのだろうか。

彼らを襲った“P-13 現象”とはいったい何なのか。

生き延びていくために、必死になる中で、安楽死や

高齢化社会、都心の災害対策、性の問題など

人間が普段生きていくうえで文明に寄りかかって

考えていることが、実はあまりにも希薄な根拠しか

持っていないのではないかということを問いかけてくる。

リーダー格の男がメンバーのレイプ事件をきっかけに

「人類」の存続のために個人の想いを捨てさせようと

働きかけるが、女性たちは「人間」の尊厳を主張する。

この展開は、ある意味で東野さんらしい部分ではある。

けれど、このリーダー格の男に「答え」を求めて

読んできた読者には、違和感のある展開だと思う。

ましてや、最後の部分の生きる人間と死ぬ人間の

分け方は、説得的ではない。

後半部分で示されるリーダー格の行動指針が

「天は自ら助くる者を助く」というのも、SF的ではない。

そうなのだ、この本は、突然起きた“P-13 現象”という

世界の数学的矛盾(パラドックス)を読み解くSF物語

では、まったくないのである。

張りめぐらされた壮大なトリックなどもなく、

冒頭で私が示した「科学」的事象も実は存在しない。

この本は、どこまで行っても、人間ドラマなのだ。

ただ、推理小説ではないので、科学に題材をとった

作品のほうに分類するだけで、結局のところ

東野さんの作品の全てがそうであるように

この作品も人間が描かれている上質の作品なのだ。

SFや謎解きでないというだけで評価を下げるのは

この本の評価の仕方としては適切ではないだろう。

とにかく読み始めたら止められなくなる作品である

ということだけは、私の経験として書いておきたい。

推理小説は受け付けないという人にもお奨めです。

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2011年1月 4日 (火)

東野圭吾さんの『新参者』を読んでみた

東野さんの『新参者』を読んでみた

 (5つが最高)

2009年に東野さんの『容疑者Xの献身』を読んで以来

大の東野ファンになってしまった私は、その後古本屋で

初期の頃の3作品ほどを除き全ての作品を買い集めた。

そのため、東野さんのほとんどの本が文庫本である。

しかし今回、この本を手にするきっかけは少し違っている。

普段あまりテレビを見る時間がない私ではあるが

大好きな東野さんの、それも「加賀恭一郎シリーズ」の

最新作のドラマ化ということで、録画したものを

毎回楽しみに見ていたのだが、最後の何回か分を

間違って消してしまい、結局犯人が分からずじまいに

なってしまったので、単行本を購入することになった。

話の内容については、推理小説なのでネタばれする

ような紹介の仕方をするつもりはない。

また、私は推理小説については、人様に何かを

語れるほど、多くを読んでいないので、この作品が

面白かったですよということ以外に特にない。

ただ、興味深かったことを書けば、刑事の加賀恭一郎が

日本橋に着任したばかりという設定であるために

そこに住む人々の人情と風物を上手く織り交ぜながら

少しずつ犯人に迫っていく手法はとても良かった。

江戸の匂いの残る町の片隅で発見された離婚女性の

絞殺死体を巡る家族の物語も東野さんらしくて良かった。

世間的には、探偵ガリレオシリーズの方が人気なのかも

しれないし、私もそこから東野ワールドに足を踏み入れた

のだが、どちらかと言えば加賀恭一郎シリーズの方が

推理小説の色々な楽しみ方を教えてくれるようで

私としては気に入っている。

また東野作品が読みたくなった。

【加賀恭一郎シリーズ】
『卒業』(1986年、講談社/1989年、講談社文庫)
『眠りの森』(1989年、講談社/1992年、講談社文庫)
『どちらかが彼女を殺した』(1996年、講談社ノベルス/1999年、講談社文庫)
『悪意』(1996年、双葉社/2000年、講談社ノベルス/2001年、講談社文庫)
『私が彼を殺した』(1999年、講談社ノベルス/2002年、講談社文庫)
『嘘をもうひとつだけ』(2000年、講談社/2003年、講談社文庫)
『赤い指』(2006年、講談社/2009年、講談社文庫)
『新参者』(2009年、講談社)

【目次】
第一章 煎餅屋の娘
第二章 料亭の小僧
第三章 瀬戸物屋の嫁
第四章 時計屋の犬
第五章 洋菓子屋の店員
第六章 翻訳家の友
第七章 清掃屋の社長
第八章 民芸品屋の客
第九章 日本橋の刑事

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2010年9月14日 (火)

山本浩司さんの『美人司法書士の事件簿 相続殺人編』を読んでみた

山本さんの『美人司法書士の事件簿 相続殺人編』を読んでみた

 (5つが最高)

自らも司法書士であり御茶ノ水で司法書士の

受験対策講座の講師もしている山本さんの

相続の法律知識を織り交ぜた長編小説。

本当に細々とした法律知識を上手く織り込んでいる。

けれど、司法書士の受験対策にはならない。

なぜなら司法書士試験はもっと難しく細かいからだ。

ただ、司法書士試験の受験者でも

実務を知らない人はなかなか接する機会のない

次のような知識も豊富にちりばめられている。

課税標準価格:登記を申請する場合には、
登録免許税という税金がかかる。
その税額の計算は、所有権保存登記の場合、
課税標準価格×税率で算出するのである。

不動産価格:固定資産税は毎年1月1日の
所有者に対して課税される。
よって、それ以後に新築された建物には、
その年について、固定資産課税台帳上の
不動産価格が存在しないことになる。
(各法務局が作成した新築建物等価格認定
基準表上の1平方メートルあたりの単価に
この建物の床面積を掛け算してください。)

その他、法律とは関係ない知識も

各所に見られ、山本さんの法律書に

お世話になってきた者としては

山本さん自身を知るきっかけにもなり

とても楽しく最後まで読み通せる。

犯人探しの推理小説ではないが

細かい法律に関する知識を生かした

エンターテイメントになっている。

法律に興味のある人や司法書士に

興味のある人はぜひ読んでみるといいと思う。

【参考図書】 『相続における戸籍の見方と登記手続』(日本加除出版)
太平洋戦史 『小説太平洋戦争』全9巻(山岡荘八著 講談社文庫)

■目次
プロローグ 
第1章 縁は異なもの 
第2章 会者定離
第3章 有為転変
第4章 帰国した西村弁護士
第5章 消えたアリバイ崩し
第6章 外堀を埋めろ
第7章 現れた海藤俊二
第8章 天地否
第9章 羞を包む
第10章 対決の日
第11章 来訪者
エピローグ
著者雑感

美人司法書士...

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2010年8月17日 (火)

橘玲さんの『亜玖夢博士の経済入門』を読んでみた

橘さんの『亜玖夢博士の経済入門』を読んでみた

 (5つが最高)

てっきり経済学の入門書だと勘違いして手に取ってしまったが

実際には経済学の理論などをベースにした小説であった。

今現在最も関心のある「行動経済学」に始まり

若いときに夢中になった「囚人のジレンマ」や

「ゲーデルの不完全性定理」など、取上げられているテーマは

興味深いものばかりだが、さすが橘さんの作品だけあって

その話の進み行きと最後の章での驚きの展開には

いろいろな意味で唸らされる。

ただ、「ゲーデルの不完全性定理」については

少し消化不良のような後味の悪さがあるのも事実。

もともとの定理の持っている意味が、これだけの中で

上手く伝わっているのか、かつて現代思想を

追いかけた者としては少し気がかりなところ。

それ以外は小説としては、かなり楽しめる。

もちろん、行動経済学について何冊か本を読んで

もっと知りたいと言う思いにさせてくれる点でも

入門の役割はきちんと果たしている。

読み進むうちに亜玖夢博士の処方箋を予想したり

助手の暴走振りに期待をしたり、楽しみ方もいろいろ。

これからも橘さんの作品を読み続けたいと思わせる

コミカルな経済小説に仕上がっている。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1講 行動経済学
第2講 囚人のジレンマ
第3講 ネットワーク経済学
第4講 社会心理学
第5講 ゲーデルの不完全性定理

亜玖夢博士の...

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2009年8月 2日 (日)

東野圭吾『容疑者Xの献身』

東野圭吾作品を初めて手にしたのがこの作品。

数学のことが取り上げられているということで、

数学好きの自分としては推理小説にどのように

取り入れられているか興味があって購読。

結果は、数学の扱いには不満があったものの

小説の面白さという点では大満足。

後にこの作品で直木賞を受賞することにもなるのだが、

この作家の他の作品も読んでみたいと思わせる

いい出来栄えの作品でした。

トリックに対して倫理的な批判がありえることは

充分に想定されることではあるけれど、

この作品がなければそのようなことが現実に

起こりえないかというと否という以外にない。

現実は小説より過激で過酷な世界になってしまっているのは

疑いようもない事実なわけで、

このトリックを模倣する犯人が出てきたとしても

以外に簡単につかまってしまうに違いない。

科学の世界ではそれが実現可能だと知れるだけで、

再現してしまう者が現れるのは周知のことだが、

犯罪はそのようにやれば何とかなるかもと知ったところで

再現できるものではないところが人間のいいところなのです。

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2009年7月28日 (火)

東野圭吾『秘密』

東野作品の数ある特徴の中のひとつに

性の扱い方が他の推理小説家と異なるという

指摘はあまり多くないところかもしれない。

しかしこのことは東野作品について語るときに

どうしても外せないポイントであることは

読者のほとんどが意識しているはずである。

そして性の扱い方に違和感を覚える作品に

運悪く最初に出くわしてしまうと映画の原作として

手に取ったような人にはあまり受けが良くないかもしれない。

特に東野圭吾は原作とテレビや映画の作品が

かなり違っていたとしても寛大なことで有名らしく、

この作品の映画化に関しても、当初からどのような

内容変更も受け入れるつもりでいたような感じが

エッセイなどからもうかがい知ることが出来る。

ただし、私個人としてはこの作品の性の扱いには

なんだか救われるような気がして、好きな作品となっている。

もちろん話の展開や登場人物なども

東野作品としてかなりレベルの高い

作り込まれ方をしていると思うが、

それらを根底で支えているものの存在も

見逃してはならないと思うのである。

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2009年7月12日 (日)

東野圭吾『パラレルワールド・ラブストーリー』

直木賞を取って以後の東野圭吾の躍進ぶりは

目を見張るものがあると言っていいだろう。

それまでも多彩な活動をしてはいたものの

逆にその多彩さゆえに軽く見られていた感は否めない。

ジャンルも本格推理から社会派や科学物までと

幅広くこなし、なおかつエッセイや業界暴露小説も

楽しく読ませてしまうという才能は他の作家を寄せ付けない

レベルの高さだと思われる。

しかしながら、賞に恵まれなかったのは、1つ1つの

作品のレベルが低いというよりは巡り合わせが

悪かったとしか言いようがない。

特に直木賞はコンスタントに良い作品を描く

作家よりは、次は駄作しか描けないかもしれないが

この作品は素晴らしいという作品を描く作家が

割と早く取ってしまう賞であるらしい。

このことは宮部みゆきが直木賞を取るまでに

他の文学賞をほとんど取ってしまい

作家としての地位をしっかりと確立していたことからも

うかがい知ることが出来る。

そんな東野圭吾の作品の中でも特にお薦めなのは

本格推理ではないこの『パラレルワールド・

ラブストーリー』である。

東野は理系作家として科学物を得意としていることは

最近のガリレオシリーズのTVドラマ化を待つまでもないが、

そんな東野が興味を持ち続けている分野に

脳科学という分野があり、この分野ではいくつもの

傑作を生み出しているが、中でもこの作品の出来は

ラブストーリーとしても秀逸である。

出だしの作品の構図を理解するまでは

少し読みづらいかもしれないが、そこさえ越えてしまえば

後は一気に楽しめること間違いなしである。

ぜひとも夏の夜のお供に一読いただきたい作品である。

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