2015年9月13日 (日)

高橋源一郎さんの『ぼくらの民主主義なんだぜ』を読んでみた

 (5つが最高)

この本は、高橋さんが朝日新聞の「論壇時評」に

2011年4月28日から2015年3月26日まで連載して

いたものを収録したものだ。

そこには論壇を論じるという制約はあるものの、

高橋さんの関心にしたがって、時事に関することが

取り上げられていて、とても刺激的である。

私は正直言って、高橋さんのデビュー作から

いくつかの小説を読んで、その頭の良さは感じたが

特に内容的には面白さを感じられずに、長いこと

その本を手に取ることがなくなっていた。

けれど、今回この本を手にしてみて、やはり

すごい人だということを実感したし、いくつか最近の

作品などを読んでみたいと思わせられた。

また、評論でありながら、論壇における優劣を判定する

ようなことを押し付けてこないスタイルも好ましい。

それでいて、さらりと自分の主張を織り込むところも

高橋さんらしさが感じられる。

たとえば、グラフィティ(落書き)アートを毛嫌いする人の

理由として、高橋さんは次のように指摘する。

『自分がおとなしく従っている秩序に反抗する人間が
疎ましいのだ。自分みたいにおとなしくいうことを聞け、
と思うからだ。それは、デモを嫌う人たちの気持ちと
似ている。』

この指摘はまさにそのとおりだと思う。

以前、秩序を利用しておきながら、形だけは反抗して

いるようなパフォーマンスをするIT長者がいたが、

彼がデモを嫌う理由も、これに尽きる。

彼は、秩序の破壊者などではない。

だから、証券市場の秩序を利用して儲けることができた

のだし、会計の秩序を無視して捕まったのだ。

そして、戦争になったら、外国に逃げると言っている。

他人が作った秩序に、どこまでも従順な人だと思う。

このグローバリズムに侵された21世紀に、どこか遠くの

国での戦争などありはしないのに。

また、高橋さんは、デモに関して次のような指摘を

することも忘れない。

『もちろん、「『デモによってもたらされる社会』は、必ず
しも幸福な社会とは限らない」という佐藤卓己の懐疑
には、十分な理由がある。「ドイツのナチ党はデモや
集会で台頭したし、それを日常化したのが第三帝国で
ある」ことは事実だからだ。
 だが、ナチ党が主導したデモや集会は「独裁と暴力」
を支えるものだった。いま、ぼくたちが目にする「新しい
デモ」は、その「独裁と暴力」から限りなく離れることを
目指しているように見える。』

安保法制に賛成する人たちのデモだってあるし、

原発推進派のデモだってあるだろう。

私たちが目にしているものが「新しいデモ」である

保証だってないかもしれない。

けれど、それでもデモがない社会より、ある社会のほうが

健全であると私は思う。

いろいろなことを考える上で、読んでおきたい1冊である。

【目次】(「BOOK」データベースより)
ことばもまた「復興」されなければならない/非正規の思考/みんなで上を向こう/スローな民主主義にしてくれ/柔らかくっても大丈夫/「そのままでいいと思ってんの?」/一つの場所に根を張ること/「憤れ!!」/「憐れみの海」を目指して/民主主義は単なるシステムじゃない〔ほか〕

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2015年9月10日 (木)

柄谷行人さんの『脱原発とデモ そして、民主主義』を読んでみた

 (5つが最高)

この本は、様々な人が脱原発に関して意見を述べている

ものであるが、その中でも、特に柄谷さんの「デモで社会は

変わる」に注目してみた。

『私はデモに行くようになってから、デモに関していろいろ
質問を受けるようになりました。それらはほとんど否定的
な疑問です。たとえば、「デモをして社会を変えられるのか」
というような質問です。それに対して、私はこのように答え
ます。デモをすることによって社会を変えることは、確実に
できる。なぜなら、デモをすることによって日本の社会は、
人がデモをする社会に変わるからです。』

もちろん、禅問答でもなければ、ふざけているのでもない。

誰かがデモをしなければ、いつまでたってもデモは起き

ないし、そもそも社会を変えるということは、その誰かを

自分が買って出るしかないのである。

そして、デモをすることによって、デモに参加した人々が

変わり、確実に社会は変わるのである。

『デモは主権者である国民にとっての権利です。デモが
できないなら、国民は主権者ではない、といってもいい。』

『私が受けるもう一つの質問は、デモ以外にも手段がある
のではないか、というものです。確かに、デモ以外にも手段
があります。そもそも選挙がある。その他、さまざまな手段
がある。しかし、デモが根本的です。デモがあるかぎり、
その他の方法も有効である。デモがなければ、それらは
機能しません。今までと同じことになる。』

『だから、私はこう信じています。第一に、反原発運動は
長く続くということ、です。第二に、それは原発にとどまらず、
日本の社会を根本的に変える力となるだろう、ということです。
皆さん、ねばり強く戦いを続けましょう。』

柄谷さんが言うように、日本はデモをする社会になった。

実際に、安保法制に関するデモもあちこちで起きている。

デモで社会は変わりつつある。

ねばり強く戦うために、ぜひ読んでおきたい1冊である。

【目次】(「BOOK」データベースより) 全部の原発を止めるまで(2011年5月7日)(松本哉)/原発をなくす有効な方法ー落選運動と不買運動(5月7日)(宮台真司)/多大な犠牲を必要とする原発(6月11日)(雨宮処凛)/デモジャンキーが見たこの1年半(雨宮処凛)/俺たちが新しいエネルギーだ(6月11日)(山下陽光)/抵抗の発明者の発見(山下陽光)/経済のために生きてるわけじゃない(8月6日)(鶴見済)/デモに行けば無力感がやわらぐ(鶴見済)/原爆が投下された日に…(8月6日)(毛利嘉孝)/民主主義を救い出すこと(毛利嘉孝)〔ほか〕

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2015年8月 9日 (日)

長妻昭さんの『闘う政治 手綱を握って馬に乗れ』を読んでみた

 (5つが最高)

この本は、まだ民主党が政権交代を実現する前の

長妻さんの現状認識と政策について語られた本である。

この本によれば、2つの保障、社会保障と安全保障は、

国家の礎だということだ。

今、話題の安全保障だが、この本を読むと長妻さんの

安全保障についての考え方が分かるだけでなく、

民主党が成功した理由も、政権をとってから

失敗した原因も、透けて見える。

そういう意味で、とても読んでいて面白い本である。

長妻さんの10の基本姿勢

1. 「官僚主権」から「生活者主権」へ

2. 「中央集権」から「地方主権」へ

3. 「密室」から「公開」へ

4. 「コンクリート」から「ヒト」へ

5. 「戦略なき産業政策」から「環境・バイオ技術立国」へ

6. 「社会保障」削減の前に、「税金浪費システム」削減へ

7. 「官営」から「民営」へ

8. 「人と同じ」から「人と違う」へ

9. 「一国平和」から「世界貢献」へ

10. 先ず隗(かい)より始めよ

闘うだけでなく、作り上げることをもっと考えていれば

あのように簡単に自民党に政権を渡すことはなかった

のではないだろうか。

民主党が駄目だから自民党に戻してみようと簡単に

考えて、現在の悪政に心を痛めている人は多いだろう。

政治というのは、難しいものである。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1部 なぜ、私は闘うのか(官僚との大戦争ー「消えた年金」「居酒屋タクシー」の本質/温存される税金浪費システム/この国は幸せか)/第2部 日本のどこを、どう変えるのか(未来を官僚の手から取り戻す/生活者主権の改革/政権交代の意味)

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